短くなった髪に、綺麗になった体に、そして清潔な服に、少しの違和感がまだ消えない。けれど、目が覚めるとあたたかい家にいたことが嬉しかった。朝に起きると、柔らかなベッドと毛布に包まれている。嫌な臭いは一切しない。そばには黒猫が寝ている。凍える隙間風はない。不安な物音もしない。
 起き上がって部屋を出ると、おいしそうな食べ物の匂いがしてくる。階段を下りると、優しい音が聞こえてくる。
 なによりも、扉を開けると、そこには人がいるのだ。「おはよう」 と笑いかけてくれる人が。
 どれもこれも、あたたかい。あたたかくて、優しいのだ。
 夢ではない。それが一番、嬉しかった。

4.-未知の世界-

「シンシア、用意したかい?」
「はい……」
 シンシアが気後れしながらダムゼルのもとへ向かうと、一足の靴が目の前に置かれた。履けということだと理解し、足を入れる。ダムゼルの靴らしいそれは、細っこいシンシアの足ではたとえ厚手の靴下を履いているとはいっても余りすぎて、カポカポと踵が浮いてしまう。
「はいはい、じっとして」
 ダムゼルが人差し指を靴へ向けると、それは縮んでシンシアの足に合ったサイズに変わった。ぼろぼろになっても履き続けていた自前の小さな靴より、ずっと快適な履き心地だ。
 しかし、いくら靴が履きやすくても、シンシアの気分が晴れることはなかった。
「街へ行くよ」
 それが、今朝ダイニングに降りてきたシンシアに、ダムゼルが真っ先に言った言葉だ。
「え、街……に? どうして……」
「どうしてって、あんたの服とか靴とか、他にもいろいろ買いに行くんだよ」
 動揺して上擦った声を絞り出したシンシアを怪訝そうに見て、ダムゼルは朝食をテーブルに出した。
「でも、服もあるし、靴だってこれで――」
 シンシアは、履いているスリッパを見下ろした。
「そんなのじゃあ外に出られないでしょ。服だって、ちゃんと体に合ったものを着たほうが動きやすいし、いつまでもそんなお古着てられないよ」
 今、シンシアの服は、ダムゼルから貰ったお古が二着だけだ。この一週間、それを交互に着まわしている。たしかに、動きにくい時はある。
「う、え……でも……」
「ただ買い物に行くだけで、なにも魔物の巣に飛び込もうってわけじゃないんだよ?」
 ダムゼルは眉を寄せて苦笑したが、シンシアは笑えなかった。
 街だなんて。街には、人がいる。たくさん、たくさんの人がいるのだ。あの町の大きさを見れば、想像に難くない。今までの村の人々の数を、全部合わせたとしても、軽く上回ってしまうような大勢の人がいると。
 街に行くなんて、それはシンシアにとって魔物の中に放り込まれるのと同じことだ。
「シンシア」
 ノートが、立ち尽くすシンシアの足にすり寄ってきた。しゃがみこんで抱き上げると、ブルーの瞳がシンシアの闇色の瞳を覗き込む。
「心配しなくても大丈夫だ。ここは新しい世界なんだ。前とは違う」
 いつもより少しだけ柔らかい声。いつものように柔らかい毛並のあたたかな体を抱いて、シンシアはしばらくうつむいていた。
「それにダムゼルがいれば魔物だって怖がって寄ってこない」
「ノート、ぼそぼそ言っても聞こえてるよ」
 鋭い声が飛んできて、首をすくめた黒猫に、シンシアの強張っていた頬が少し緩んだ。

*  *  *

 支度をしたダムゼルは黒に包まれていた。つばの大きな三角帽子が目元に影を落としている。シンシアには防寒用に朱色のストールを渡したのに、ダムゼルは膝下まである黒のマントだ。
「二時間で戻ってくるから、ボレアス、留守番よろしくね」
「ああ」
 ダムゼルは、なぜか戸口に立て掛けていた箒を肩に担いで、玄関を出た。後ろをついていきながら見れば、本当に掃除に使っているのか不思議なほど綺麗な箒だ。束ねられた滑らかな長い草は一本たりとも折れたりせず、まとまった先端部分も割れたりしていない。
 ダムゼルが玄関に鍵を掛ける間、シンシアは、その奇妙な組み合わせを眺める。いくら綺麗な箒だからといって、街へ持って行くのだろうか。足元にいる黒猫も、見送った灰色猫も、箒に関しては何も触れなかった。目的をもう知っているのか、それとも箒を持つのがごく自然なことのように。
「ダムゼルさん」
 浮かぶ疑問に我慢できず、シンシアは遠慮がちにダムゼルに声を掛ける。
「それはどうするんですか?」
 ダムゼルは箒に目をやったが、ただ笑い返して玄関のポーチを降り、崖の縁に向かった。
 黒猫を伴って続いたシンシアは、来たときと同じように、崖から町へ向かって空気の階段でもできるのだろうか、とすぐ目の前の宙を見る。下までは遠すぎて、くらりと一瞬目が眩んだ。ひゅうと吹き上げた風がやけに冷たく感じる。
「シンシア。あんた、木登りはしたことある?」
 突然の質問だった。師匠には何か意図があるのだと、もう疑問には思わないシンシアは、ただ素直に答えた。
「少しだけ、なら」
「高い所は平気?」 とダムゼルは質問を重ねる。
「たぶん」
 自信はないが、無理ということはないだろう。カラスたちと同じ木の枝に腰掛けて、お喋りしたこともあった。それなりに高い木にも登ったこともある。この家に来た時も、崖の高さにはびっくりはしたが、怖さに腰が抜けたり気絶したりはしなかった。空中階段を降りてきたのだから問題は無いはずだ。
「そう。じゃあ大丈夫だね」
 ダムゼルが安心したように頷く。そして担いでいた箒を持ち直し、体の横で地面と水平に構えた。
 不思議なことに箒は重力に逆らって静止した。ダムゼルはその箒の柄に横向きに腰掛け、草の束ねられた部分を叩いた。
「ここにお座り」
 言われたことを理解するのに三秒要し、その間にシンシアはパチパチと普段の倍の瞬きをした。
「ここに、ですか?」
「そうだよ」
「で、も……どうやって……?」
「好きなように」
 そうは言われても。困惑するだけのシンシアにノートが助け舟を出す。
「普通の方がいい。跨がって」
 言いつつ黒猫は箒の端に飛び乗った。
 シンシアは恐る恐る柄を握り、位置を低くしてくれた箒に跨った。束ねられた草は見た目にそぐわず柔らかく、ふかふかとしていた。クッションにでも座っているようだ、と腰を落ち着けながらシンシアは思った。
 後ろにいたノートが器用にシンシアの横を通って、腕の間に移動する。拍子にずりおちたストールを引き上げ、シンシアは落ちないようにしっかり巻きつけた。
「ちゃんと掴まっておいで」
 ダムゼルがシンシアの腕を自分の腰に導く。
 間に挟まれるノートは邪魔になると悟って、シンシアの腕を踏み台にすると肩口に登った。落ちないように立てられる爪が微妙に痛い。
「いくよ」
 シンシアがダムゼルにしっかりしがみつくより早く、ダムゼルは地を蹴り、箒がふわりと高く浮いた。
 前進すると、早くも真下の地面は数十メートルも離れた。足がふわふわとして靴が脱げてしまいそうだ。木登りとはレベルが違う。さすがにこれだけ高い所は初めてで、シンシアはピリピリと指先が痺れていくのを感じ、必死でダムゼルにしがみつく。しっかり掴まっていても、ふとした次の瞬間にその手は離れて真っ逆さまに落ちる気がした。
 谷を抜けて吹きつける風のせいで、箒は左右だけでなく上下、さらには斜め方向にまで揺れる。ダムゼルは一般的な魔術師と比べても上手く滑らかに飛ぶ方で、今でもブレはかなり少ないのだが、そんなことは知らないシンシアにはその僅かな揺れすら恐怖だった。
「おいおい、そんなに力むとダムゼルが困るぞ」
 耳の傍でノートの呆れ声が聞こえる。
「う、ん」
「落ち着いて。ダムゼルに掴まっているかぎり落ちやしないよ。下を見ないで。ほら、町を見て」
 シンシアは言われたとおりに、ブラブラと揺れる足から視線を上げ、また少し近くなった町を見た。そして改めてその大きさに感心する。今まで見たどの村も町もこの町の大きさには敵わない。一番大きな村でも五つ六つくらいはゆうに入りそうだった。
 茶やオレンジを主にしたレンガ造りの家々。対照的にベージュと灰色の石畳が、入り組んだ迷路のように模様を作る。尖がっていたり丸かったりする屋根はもっと色彩豊かで、町の場所ごとにオレンジ、赤、桃、紫、青、緑、黄と大別できる。町全体が、ひとつの模様をなしているかのようだ。
「あそこの大きな建物が見えるだろ。いくつも並んでるところだ」
 町の中でも一際大きな建物群を見つける。
「あれが魔法協会の本部だ」
 周りの家とは違う白色の屋根のそれは、荘厳な雰囲気をもって、町の中にでんと居座り、存在を主張している。
「その横に色の違う建物があるだろ。白じゃなくて黒の屋根の」
「うん、ある」
「あっちが魔法試験の試験会場。尖がっている屋根が寮だ」
「寮って?」
「宿みたいなものだ。試験にはこの町だけじゃなく世界各地から見習いがやってくるから、寝泊りする場所がいるだろ」
「受験中の生活の個人差をなくすためにも、受験者はみんなあそこに泊まって過ごすんだよ。――さあ、もう少しで着くよ」
 ダムゼルが会話に割って入り、空の移動がもうすぐ終わる事を次げた。
 箒はどんどん高度を下げ、ダムゼルは大通りから外れた路地に降り立った。上から見たところ、町の中心よりも町の端の方が近い位置だ。着陸のときにそばを通過した周りの建物の屋根の色は、どこも桃色だった。
「はぐれないようについておいで」
 ダムゼルは箒をどこかに消して歩き出し、シンシアもノートを肩に乗せたまま後ろに続いた。
 大きな通りに出て歩くうち、シンシアは道行く人の様子が気になりだした。
 人の多い場所は安心できない。どうにも肌が張り詰め、息が詰まる。身を竦めてしっかり肩にかけたストールを握り締め、シンシアは止まりそうな足で必死にダムゼルの後を追う。はじめは周りがこちらを意識していないと安心していたが、人の多さに落ち着きなくキョロキョロとしていたせいもあるだろう。徐々に街の人と目がよく合うことに気づいてしまった。そうでなくとも人の視線に敏感なシンシアだから、余計に周りの目は気になった。
 町の人々は、独特の装飾をした服を着ている人がほとんどだ。ちらほらとマントかゆったりとしたローブを着ている人もいて、ダムゼルと同じ魔術師なのだと一目でわかった。黒猫曰く、普通に見えてもこの町には“普通”の人間はいないそうだ。大部分が魔術師かシンシアと同じ見習いで、その血縁者ばかりだという。
 ともあれ、普通の人間だろうが魔術師だろうが、どちらにしても彼らの視線が刺さることに違いはなかった。擦れ違いざまに見る者。遠巻きに凝視する者。何かを囁く者……。それらは嫌悪の表情ではなく、険悪な雰囲気でもなかったが、物珍しそうに見られるのはどこか既視感を覚えて居心地が悪かった。シンシアは無意識に歯を食い縛り、もやもやと気持ち悪くなってこみ上げるものを抑え込む。
 ふと振り返って見ると、さっき擦れ違った男女の二人組が同じようにこちらを振り返っていた。彼らはシンシアと目が合うなり慌てて顔をそらし、早足になった。しばらくその二人組の背を見つめ、前を向いたシンシアは、そんなに自分の恰好が変なのだろうかと服装を見下ろした。それからダムゼルとの距離が開いていることに気づき、小走りにその背を追いかける。悠々と歩みを進める師匠の斜め後ろについて、その横顔を見上げてみた。ダムゼルは平然としていて人目を気にしている様子はない。やはり視線を浴びているのは自分だと思うと、シンシアはストールに隠れるように無意識に小さく身を縮めていた。
「シンシア? どうかした?」
 斜め前を行く婦人の襟巻きのごとく、シンシアの首に巻きついている黒猫が、そっと耳元で囁いた。肩辺りまで切ってしまった髪は、まだ肌寒い風を防ぎはしないので、彼がいると首元がとても温かい。
「わたし、変かな?」 シンシアは呟いた。
「おかしくはないけど、どうして?」
「みんながじろじろ見てる」
 言っているそばから視線が痛く、前髪のベールを失ったシンシアは顔を隠したくて仕方なかった。肩に羽織るストールを、以前のボロのように頭から被ってもいいだろうかと、さっきからずっと悩んでいる。
「……ああ」
 ノートは少しして、納得したように笑った。
「あんたが原因じゃない。ダムゼルだ。ああ見えてとても有名なんだ」
「そう、なの?」
 シンシアはもう一度、師匠を見上げた。
「町で知らない人は少ない。なにせ――」
「ノート、お黙り」
 静かなダムゼルの声で、黒猫は口をつぐんだ。パッと垂れた耳が、頬をくすぐってこそばゆい。
「ダムゼルも目立つのは好きじゃないんだ。気が立ってるだろ」
 ぼそりと黒猫が耳打ちした。
「みんな、ダムゼルと一緒にいるあんたがいったいどういう関係なのか気になるんだよ」
 あんまり気にすることじゃない、と言いきかせ、ノートはシンシアの注意を町に誘導した。
 一度、周りに目を移すと、人目など気にする暇もないくらいに様々なものが溢れている。不可思議で、初めて見る物ばかりだ。窓辺で読書をするおばあさんの横では、ジョウロがひとりでに植木に水をやっている。時折やってくる馬車は、角の生えた馬が引いている。通りを掛けていく子供たちは、本物のように動く木製の子馬を追いかけていたり、振るとキラキラと細かな光を吹き出す杖を持っていたりする。店の軒先を箒がひとりでに掃いてまわり、ショーウィンドウを雑巾が滑るように拭いている。箒が動く魔法は、シンシアの髪を切った時にダムゼルが使っていた。
 丁度通りがかった店の二階の窓からは、突然、花火が噴き出した。続いて、女性の怒る声が降ってくる。子供が悪戯でもしたのだろうか。
「シンシア。こっちだよ」
 気づけばダムゼルから離れていた。呼び声にハッとすると、数メートル先の店の前でダムゼルが待っている。シンシアは慌てて駆け寄った。
「さあ」
 見上げれば、ショーウィンドウの上にある紺色の看板には〈ゾラ・テイラー子供服専門裁縫店〉の金文字が躍っている。促されて潜ったドアの先には洋服がずらりと並び、カウンターの奥には巻いた布やリボンが並んでいる。
 店内には先客が数人いた。若い女性と、幼い男の子を連れた夫婦だ。
「いらっしゃい」
 ドアベルの音を聞いてカウンターの女性店員がにこりと笑う。ダムゼルはシンシアの背を押してカウンターに向かった。
「この子のサイズを測ってもらえる? 上も下も」
「かしこまりました」
 店員の合図で、二個の巻き尺が一斉に飛んできて、それぞれ計測を始めた。背丈、腕の長さ、と測るたび、巻き尺の上部から細長い紙が出てきて店員のもとに飛んでいく。ものの数分で計測は終わった。店員は集まった紙を綺麗に一枚の紙に張り付けて、ダムゼルに渡した。
「だいたい10番から12番ですね。細めなので、1か2にするといいかと思います。あちらの棚です」
「ありがとう」
 ダムゼルは渡された紙を一通り見て、シンシアに渡した。上部に名前の欄があり、まだ空白だ。人の絵が左側にあり、各部位から線を引いて、先ほど測った数値が順番にずらりと一覧になっている。数値の横には、シャツだとかスカートだとか服のサイズの目安が書かれている。ただ、まだ覚えたての魔法文字なので、読むのに苦労する。
「さあ、シンシア。ここに来て」
 棚の前のダムゼルはすでにブラウスを手に取っている。目の前に立つと、それを宛てがわれる。
「ダムゼルさん。10番ってなんですか?」
「服のサイズだよ。ほら」
 ダムゼルが宛てがっていたブラウスの内側をめくってタグを見せてくれた。「10‐2」と表記されている。
「後ろの数字は1から5まである。だいたい同じサイズでも人によって細い、太いがあるからね。――やっぱり少し大きめがいいか……」
 ダムゼルはブラウスをたたんで棚に戻しながら、シンシアも好きに選んでいいと言った。
「遠慮しないでいいから。どんなのがいい?」
 うろたえるシンシアにダムゼルはあれこれ見せたが、なかなか決められない。途中から年配の女性店員も加わって、さらに多くの商品を次々と見せられ目が回りそうだった。結局、白のブラウスを、無地、胸に刺繍が入ったもの、袖口や襟にだけ薄桃色のラインを織り込んだものと三着選び、紺や深緑といった濃色のスカート四枚を買うことになった。ダムゼルは何枚かの肌着や靴下と一緒にそれらを店員に渡し、会計をしている。
「サイズは記録しておきますか?」
「そうね。シンシア、こっちきて名前書いて」
 羽のついたペンを渡され、シンシアはサイズ表の名前欄にたどたどしく拙い字を書いた。慣れていないのが分かる字ではあったが、自分の名前は絶対に書けるようにとボレアスに言われ、何百回と書いたかいがあって、綴りを間違えることはなかった。
 服の入った袋を提げて店を出たその後、ダムゼルは靴屋と数軒の雑貨屋を回って、シンシアの生活用品を集めた。最後に立ち寄ったのは草花で溢れかえる店だ。〈魔術師・医師のための薬草店〉と看板にある。シンシアは外で待っているように言われ、買った荷物を預けられた。
 待つ間、シンシアは黒猫と一緒に店の壁に背を預けて、通りを眺めた。小さな子供を抱いた母親、楽しげに談笑しながら歩く老夫婦、急ぎ足の男性、腕を組んでいる男女の二人組……。いろんな人が行き交っている。
「ねえ、ママ、お願い。買ってよ」
 少年が、母親の手を引っ張りながら道を行く。駄々をこねているらしい。少年のもう片手には、透き通った黄色の大きな丸いものが先端についた棒が握られていた。
「ノート、あの子が持ってるのは何?」
「え? ――ああ、棒つきキャンディだよ」
「キャンディって?」
「お菓子だよ」
「お菓子……?」
 シンシアが知っているお菓子というのは、家庭で焼く手製のパイやクッキーだ。クッキーなら、教会にいた頃に食べたような気もする。けれども、パイやクッキーとは似ても似つかいないあの透明なキャンディはいったいどんな味がするのだろう。
「シンシア」
 目が離せないままその少年を見つめていると、ダムゼルが戻ってきた。思ったより早かった。手には何も持っていない。何をしていたのか疑問に思ったが聞くことはしなかった。  行くよ、と荷物を持って歩き出した師匠の半歩後ろを追う。行きと違って、もう周りの視線はあまり気にならなかった。
 細い通りを抜けると、そこは比較的子供たちが多い通りだった。今までのような親子連れではなく、幼い子供でも友達同士で楽しそうに道を行く。
 傍を通った女の子が、あの棒つきキャンディを手にしていた。
「シンシア?」
 思わず見つめてしまっていたシンシアの意識を取り戻したのは黒猫だった。また足が止まってしまっていたらしい。前を向くと、ダムゼルの姿が消えていた。
「あっ……あれ……」
「げ、はぐれたのか? どこいった?」
 キョロキョロと辺りを見渡していると、ぬっと目の前に黄色のキャンディが現れた。見上げると、差し出しているのはダムゼルだ。
「はい、シンシア」
 おずおずとシンシアがキャンディを受け取ると、かわりに荷物を奪い取り、ダムゼルはどこかに消してしまった。透明な包みに覆われたキャンディは、シンシアの手の平の大きさだ。惚けてキャンディを見つめるシンシアを引っ張って、しばらく町を歩いたダムゼルは、おもむろにあの箒を取り出した。
「ほらシンシア。掴まって。落ちないでよ」
「はい。……ダムゼルさん、ありがとうございます」
「いーえ」
 どうしてキャンディのことがわかったのか、聞いてみたけれど、ダムゼルは教えてくれなかった。魔女だからだよ、と笑った師匠は鼻歌まじりに箒を操る。
 家に戻る箒の上で、ダムゼルにしがみつきながら、シンシアは自分の髪と同じ色のキャンディをしっかりと握りしめていた。

To be Continued...
2012/09/23