え? なんですって? 白雪姫の美貌が憎い?

 何を仰るのですか、姫はまだ十五歳そこらじゃないですか。せめて十八歳くらいからが……え? 若さ? 青臭いとか乳臭いとかの間違いではなく?
 だってまだ未熟も未熟、果物ならごりごりして美味しくないどころじゃないですよ。下手すると歯が折れるレベルです。むしろバナナなんかは少し朽ちかけのほうが……いえ、お后様が朽ちかけのババアだという意味ではなくてですね。
 だから、誰もそんなこと言ってませんって!

 はー……。こんなことで首が飛ぶとかふざけて――いえ、なんでもないです。
 えーと、ですから、男も女も大人の色気を伴ってナンボですよ、まだ姫は――……だから姫が色気をつける前になんとかしたい?
 ハイハイ、わかりました、わかりましたよ。
 いや、そんな滅相もない。

 ……で、わたくしに何をご命令ですか? いや、流れでなんとなくわかりますがね。

3.りょうしの取引

―― 白雪姫を森に連れていき、殺しておしまい。

 まったく、なんて不運なんだ。
 しがない狩人である自分がわざわざ王宮に呼び出されて何を言われるかと思えば……。

「まさかの王族殺しだもんなぁ」

 手に抱えた金細工で無駄に豪華に装飾された箱に目を落とし、溜め息をつく。たいした大きさではないのに、箱がやたら重い気がする。

―― 殺した証拠に、白雪姫の心臓を抉り出してこの箱に入れて持ち帰りなさい。

 なんでよりによって自分に白羽の矢がぶっ刺さったのか。これからまだまだ先のある人生だというのに。こんなことなら今回の市場の当番を引き受けるんじゃなかった。なにが悲しくて野菜と肉を売りに来て犯罪の片棒を担がされることになるのか。

「ツイてないにも程がある……」

 仮に、国中がもてはやす白雪姫を殺したとしよう。その後はどうなる? あのお后は望むだけの報酬をとのたまったが、学のない自分でもそれがただの甘言であるとわかる。
 もし自分がお后の立場だったら、不味い取引をした相手に報酬を与えてそのまま野放しにするだろうか? 答えは否。相手はしがない下賤の猟師一人といえ、取引が露呈するのはいただけないから迷わず口封じをする。

「いや、むしろ猟師だから、か」

 自分で言うのもなんだが、国の重鎮でも英雄でもないのだから、死んでも構わない安い命だ。白雪姫を殺せば王族殺しとして自分も口止めに殺されるだろう。心臓を持ってこいだなんて、自ら証拠品を引っ提げて捕まりに行くようなもの。
 さて、どうする? このまま大人しくお后の命令に従って死ににいくなんて真似はまっぴら御免だ。
 正直、白雪姫が生きていようが死んでいようが自分にはどうでもいい。我が身が一番、他人なんか二の次だ。だが、理由はなんであれ王族殺しは死刑確定の重罪。どうあがいても死刑。殺さない方がいいだろう。
 もし殺さずに城へ帰したとすると、暗殺失敗で…………あれ? 結局、口止めに殺されるんじゃないか?
 なんだよ、これ。殺すか殺さないか考えても意味がない。どっちにしろ命令された時点で自分の首は飛ぶことが決まってるってどういうことだ。
 チクショー、あのお后め。

 こうなりゃ方法は一つしかない。

 勝手に決まっていた白雪姫暗殺計画の実行日。城の門には外套を羽織った白雪姫と、自分と、そして小太りの臣下がいた。この臣下もお后の息がかかっているに違いない。おそらく監視役といったところか。
 前もって白雪姫には説明がされているのか、とくに猟師がいることに疑問をもった様子はなかった。

「ハンス。やっぱり遠出なんてしなくていいと思うんだけど」
「たまには城の外へお出になられた方がよろしいのです」
「でも野犬が出る中をわざわざ……」
「猟師がついているのなら大丈夫でしょう。それよりもたまの運動と思って……」

 不穏な予感でもするのか、どうやら白雪姫は遠出に乗り気ではないらしい。何度も傍らに控えた執事に交渉していたがきっぱりと断られ、最後には不服そうに乗馬した。
 危機を感じ取ってのことなら、ここで中止にしておけばよかったのに。
 ここにいる中で、これから白雪姫がどうなるのかを知るのは二人だけだ。執事も侍女も、出発する三人を――というか白雪姫を――ただ手を振って見送った。

 城下町を出た一行は丘をいくつか越えて森に入った。そのまましばらく森の中を進んでいくと原に出て花畑が広がる。咲いているのは特に珍しくもない花だが、白雪姫が興味を持ったようなのでそこで少し休憩することにした。
 とはいっても、もともとこの辺りが目的地だ。
 ふらふらと呑気に歩き回る白雪姫を視界の端に捉えながら、空を見上げて太陽の位置を確認する。時間はおおよそ午前十時頃、昼まではまだ時間がある。周囲を見渡して現在のだいたいの位置を把握する。道からはだいぶん逸れているし、人も来ないだろう。

 そろそろ、行動に移しますか。

 臣下に目配せをすると、あちらも企む顔で神妙に頷いて見せた。
 肩掛けの鞄の中にある箱を今一度確認し、腰の短剣に手をかける。そして、早くも花摘みにも飽きたらしい白雪姫に笑顔で歩み寄った。

「白雪姫、この奥にとても景色が良い場所があるのですが、いかがです?」
「それって近いの?」
「ええ、すぐです。馬では行けないので歩きですが、絶景ですよ」

 なら行こうかな、と白雪姫は呟いた。すかさず臣下がわたくしはここで馬と荷物を見ておりますと申し出た。
 ここまでは予定通り。あの臣下には先ほどこっそり「殺人現場は見たくないだろうから殺しの時は自分一人で」と提案した。奴はそれを喜んで受け入れた。そりゃ当然か。常人の思考を持つ者なら、誰も好き好んで殺人の場面など見ようとは思わない。だが、その肝心の殺人場面から目を離すなんて監視役としてはいただけない。
 あの臣下がついて来たこと自体、自分にとっては好都合だったが、奴が職務怠慢の馬鹿でなおさら助かった。

「こっちですよ」

 ほくそ笑んでいる臣下を心の中で嘲笑いながら一瞥し、白雪姫を森の奥へと誘った。
 木々に遮られ、すぐに原は見えなくなる。けれども念には念をと、時折り邪魔する枝葉を短剣で叩き切りながら歩を進めた。
 白雪姫は黙ってついてきている。軽装なのだろうがやはり山林を歩くためのものではないので動きがおぼつかない。傷を知らない細い手で木々に手を突きつつ、歩きづらそうにしていた。

 あーあ、なんにも知らないで。
 思えば白雪姫も可哀想なものだ。可愛く生まれたからと実母に嫉妬されて殺されるとは。なんと理不尽な殺害理由。何か悪いことをしたわけではないだろうに。
 むしろあの自意識過剰で浪費家になってしまったお后をなんとかした方が国のためになるに違いない。確かにお后は噂通りの美女だ。初めて間近に謁見したが、今まで見た中で一番だと言える。けれどそれだけ。あんな見た目だけの頭のイカれた母親を持って同情する。

 まあ、一番可哀想なのは明らかにとばっちりを受けて、その行く末が死刑である自分だが。

「あの、まだかかる?」

 ぽつりと不安まじりの声が背後からかかった。
 そういえばと我に帰ると、考える間に思ったより奥に来ていた。もういいだろう。歩みを止めて、振り返る。
 白雪姫は控えめに辺りを見回しながら、戸惑いの表情を浮かべて外套を握りしめていた。

「さて、白雪姫、絶景があるなんて嘘です」
「え?」
「まどろっこしいのは嫌いなんでぶっちゃけるが、あなたは騙されたんだ」
「……どういう、こと?」

 使い慣れた短剣をくるりと一回し。刃にこびりついていた葉っぱの切れ端をつまみ取り、ぽいと落とした。
 白雪姫の顔が険しいものになる。天使と称される容貌はさすがなものだ。眉間に皺を寄せても十分に可憐だった。

「罠だよ、白雪姫」
「罠?」
「俺はお后様に頼まれたんだ。あなたを殺してその心臓を抉って持ってこい、と」
「え……」

 白雪姫の目が大きく開かれた。薄く開いたバラの唇から困惑混じりの吐息が漏れる。視線が握り直した短剣に移り、白い肌がざっと青くなった。

「うそ……そんな……」
「残念ながら嘘じゃない。だから――」

 短剣を片手に、宝石のような瞳を覗き込んで微笑む。

「白雪姫、一緒にトンズラしませんか?」
「…………は?」

 一緒にトンズラしませんか?

 てっきりこのままぐさりと痛い目をみなけりゃならないのかと思った手前、そう問いかけた猟師にぽかんと口も目も開いてしまった。きっと間抜けな顔だろう。
 猟師が暴露したのは、まさかの私の暗殺計画。犯行動機は、美しさがうんぬんかんぬん。
 まさか――まさかとは思ったけれど、実の娘を殺そうとするなんて……有り得ないと言い切れないのが悲しかった。だってあのお后だ。
 衝撃のあまり言葉が出せない私に向けて、猟師は取引を持ちかけた。
 お互い生き延びるため、お后を出し抜こう。そのための一番の策は、私も猟師も死んだと思わせてどこかへ身を隠すこと。その後は生きていることがバレないためにも、どちらも絶対に見つかってはならない。よって二人一緒に逃げるのが好ましい……だそうだ。

「でも、どこへ逃げるの?」
「俺の故郷の村だ。ここからおよそ一日かかるが、森の奥深くだから村人以外はなかなか辿りつけないし、追手が捜しに来たとしても村全体が味方になって守ってくれる。畑仕事と狩猟で生活にも困らない」

 ごもっともだ。国外に逃亡するよりすでに生活の基盤が出来上がっている方が苦労しない。味方になってくれる仲間がいるのも心強い。
 自分で言うのもなんだが、城で不自由せずに暮らしてきたので私は世間知らずだ。単身で生活していくための知恵はないし、猟師のように頼れる者がいるわけでもない。寝食は保障するという猟師と逃げた方が私にとっても得策だろう。

「城と違って娯楽も何もないところだが――」
「逃げる場所にはうってつけ、と」

 これは私にとっても最良の選択肢。城でのように過ごせなくても、死ぬことに比べれば遥かマシだ。
 ……もう父上や、ハンスや、侍女たちに会えないのは心寂しいが。
 なによりコックが作る大好きなケーキやお菓子が食べられないことが非常に心残りだが。季節ごとの新作の楽しみも、毎日の癒しである午後のお茶も、これからは我慢せねばならない。

「はぁ……せめて最後にリンゴケーキが食べたかった……」

 思わずぽつりと呟いた。同時に舌が食べ慣れた味を思い出し、急に恋しくなる。
 溜め息をつくと、私の返事を待ってしばらく黙っていた猟師がおもむろに口を開いた。

「あまり知られていないが、実はうちの村はリンゴが名産で……」

 リンゴ、という単語に私の耳が反応した。ぱっと顔を上げると猟師が微笑んでいる。

「リンゴを使った食べ物はたくさんあるし、俺の母親が作るリンゴのケーキやパイは間違いなく絶品だって自慢できる。舌の肥えた王侯貴族だって気に入るはずだ」

 ごくりと無意識に喉を鳴らしていた。

「村に来ればいくらでも食べられるぜ。それに市場には出ない幻のリンゴもあって――」
「えっ、ほんと? じゃあ行く!」

 リンゴが名産で食べ放題! そして幻のリンゴ! よし、行こう。これは行くっきゃない。
 私が死んだと思って悲しむであろう皆(特にハンス)には悪いが、私が死なずにいられるのだから結果として問題ないはずだ。そうとも、これは仕方ない。
 力強く即答してみせた私に猟師は呆れながらも満足げで、「取引成立だ」と互いに手を握り合う。

「でも、死んだように見せかけるなんてどうすればいいの?」
「それはお任せあれ」

 表情を一変、猟師はニヤリと不敵に笑った。

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2014. 2/17
◇Photo/ clef
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