ワタシのご主人は素晴らしい人です。
  ワタシをいじめていた人間は憎い。し、大嫌い。

  けれども、ご主人とその奥さんはとても同じ人間とは思えません。
  とっても優しくて、綺麗な目をしてらして、あったかい方なんです。

  ご主人は、絶望したワタシの瞳を「綺麗だね」と褒めて、ワタシをお屋敷に連れてきてくださいました。
  ワタシに幸せをくれた素敵な人なんです。

 「ご主人」

  眠るご主人を何度か呼ぶと、ご主人の綺麗な青い目が見えました。

 「ご主人、朝です」
 「おお、おはよう」

  ご主人は起き上がるとワタシの頭をひと撫でして、部屋を出て行きます。
  ワタシも後を追って広いご主人のお屋敷を移動します。
  歩くたびに、ご主人からもらった素敵な赤い首輪がゆれて、金色の鈴がチリリと鳴ります。

  階段をおりたご主人がいつも最初に行くのは、つるつるしたタイル床の部屋。
  ご主人が顔を洗っているそのうちに、ワタシは先に奥さんに挨拶をしに、いつも食べ物があふれる部屋に行きます。

  部屋に近づくと、とってもおいしそうな匂いがしました。
  おいしい空気の中で、奥さんは火や水が出る箱の前でご飯を作っています。
  ワタシに気付かない奥さんに声をかけました。

 「奥さん、おはようございます」
 「あら、おはよう」

  ワタシが呼びかけると奥さんはにこりと笑って、ワタシのお皿を目の前に置いてくださいました。
  魚を柔らかくくずして、ミルクと一緒にあったかくした朝ご飯。
  パクリと一口頂きます。

 「おいしいかい?」
 「はい、とっても」
 「そう、よかった」

  また食べ出したワタシの頭を、奥さんは優しい手で撫でてくれます。

  少しして、パタパタと足音が聞こえました。ご主人の足音です。
  ご主人が部屋に入ってくると奥さんはお皿を運び、二人してテーブルに向かいあって座ります。
  ご主人は椅子に座るとすぐにばさりと紙の束を広げ、少しずつパンを食べるのです。
  ご飯を食べ終わったワタシは、その間ご主人の足元に寄りそって顔を洗うのが日課です。

  今日みたいに晴れた日には、ワタシはお屋敷の周りをぐるりぐるりと散歩して、奥さんが庭に服やタオルをぶら下げるのを眺めます。
  それが終わると、奥さんが大事にしているお花の中で一休み。

  もし雨だったら、奥さんがお部屋で毛糸を編むのを眺めながら、お気に入りのぽふぽふしたクッションに寝ころびます。

  お日様が真上を通りこすと、ワタシはご主人の仕事場に行きます。
  静かな部屋で、机に向かうご主人の背中が大好きなんです。

  とても細かくて難しいお仕事らしいです。初めて仕事場に入ったときに、ご主人がそう言っていたので、ワタシは邪魔をしないようにジッとしています。
  扉からご主人の座る椅子の数歩手前まで、十と数歩だったと思います、その間しか歩きません。

 「ふぅ……」

  深く息をはいたご主人はワタシがいることに気づくと、柔らかく笑って、奥さんと同じ優しい手で頭をぽんぽんと撫でてくれました。
  奥さんより少しかたくて、大きな手です。

 「ご主人」
 「ん、どうした?」
 「なにを作っているんですか?」

  ご主人の足に手をついて、うんと首を伸ばしてみます。

 「飛び乗ってはダメだよ」
 「それはなんですか?」

  首をかしげてみると、ご主人はワタシの耳の裏をカリカリと掻いてくれました。

 「もうすぐ仕上がるから、少し待ってなさい」

  ご主人はそう言って、またお仕事に取りかかったので、ワタシは大人しくその場で丸くなって待つことにしました。

  けれどとても退屈で、暇つぶしに近くにある置き時計の振り子を目で追うことにしました。

  もう振り子が何回も揺れて、時計から小鳥が何回か飛び出して、二つの棒がぐるぐる回ったころ。
  眠たさにうとうとしていたワタシの耳がぴくりとふるえます。
  カタリと音を鳴らした椅子のほうを見ると、ご主人がメガネを外してうんと伸びをしていました。

 「ご主人、お疲れさまです」
 「おいで」

  ご主人がポンポンと布切れを巻いたひざを叩きました。
  ワタシは少しためらったけれど、ご主人が良いと言うので、ぎゅっと身をちぢめてから一息で飛び乗りました。

 「ごらん」

  頭から背中を撫でられながら見た机の上には、木で出来た箱がありました。 ワタシの顔くらいの大きさで、表面がでこぼこしていて、そのでこぼこは奥さんが大事にしているお花に見えました。

  ご主人がパカリと箱を開けると、とつぜん音が鳴りはじめました。
  びっくりしたワタシはご主人にしがみつきました。

 「大丈夫だよ」

  ご主人がそう言うので、恐る恐るその箱に顔をよせてみました。
  鉄と木の匂いがします。
  箱の中でクルクル回る、いっぱいポツポツがついた鉄はふしぎです。
  手で触ろうとするとフタが閉じてしまい、音も止んでしまいました。
  奥さんが爪を手入れしてくださるおかげで、箱にはキズがつかなくて良かったです。

 「ああ、箱を閉じるとダメだよ」

  また音が鳴らないかとつついたワタシに、ご主人は笑ってまた箱を開けました。

 「箱を開けるとメロディが鳴るんだ」

  あのクルクル回る鉄があらわれると音が鳴り出します。
  少しずつ高さの違う音は、奥さんがときおり鼻や口から出す『歌』というものと同じだと気がつきました。

 「ご主人、コレはなんですか?」
 「このオルゴールは母さんとお前へのプレゼントだよ」

  オルゴール。

 「オルゴールというのですか」

  オルゴール。

  奥さんとワタシにプレゼント。

 「嬉しいかい?」
 「はい。とっても、とっても」

  ご主人はワタシの喉を撫でて、穏やかに笑ってくれました。

  その日から、ワタシの習慣がひとつ増えました。
  夜、ご主人と奥さんの足元で眠るときに、あのオルゴールをきくようになったのです。

  今夜もご主人は、頭の近くのテーブルに置いてある小さな木箱を開けます。
  ワタシはすぐさまご主人のお布団の足元に飛び乗って、丸くなりました。

  微笑んだご主人と奥さんががよしよしと頭を撫でてくださいました。

 「ふふふ……オルゴールを鳴らすとすぐ来るのね」
 「よほど気に入ったんだね、ベルスーズ」

 「ニャア〜ァ」

  ワタシのご主人と奥さんは、あったかくて、優しくて、とっても素晴らしい人です。

猫のベルスーズ
(ベルスーズ berceuse … フランス語で “子守唄” )
end
******
以下 アトガキ (*反転)

ほのぼの系日常、猫視点。
ところどころ話がかみ合わないのは、主人公が猫だから。
ご主人はオルゴールの職人さん。

授業中、辞書で発見した『ベルスーズ』でしたが、
・猫のベルスーズ(=ベルスーズという名の猫)
・ベルスーズ(猫)の子守唄(ベルスーズ)
と、単に掛詞的な題名にしたいがために採用しました。

ここまで読んでくださってありがとうございました!

 2008. 12/12
◇Photo/ 戦場に猫
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