「急げ!」

  足元はもちろん、屈めた体のすぐ横や腕で庇った頭上を、鉛の塊がいくつも通り過ぎていく。
  小さな塊は鉄やコンクリートに当たる度、ギィンだのなんだの、耳障りな金属音を立てて跳ね返る。

  銃声の最中、全速力で駆けて転がり込んだ建物の影には唯一の仲間がいた。

 ――ズガガガガガガッ

  分厚いコンクリートの壁が嫌な音とともに抉れる。

 「ハァ…っ…ハァ…、てか…わた、し…ッ…スゴくね? …げほ、…一発も当た、ない…て、」
 「あー、スゲースゲー」

  へたりこんでぜえぜえいう息を整える私に、隣でなおも敵に銃を向ける彼が振り返る。
  二人とも汗だくのスーツ姿で、ジャケットはボタン全開、ネクタイを弛めたシャツも第二ボタンまで開いている。

 「怪我は?」

  ダラダラと滝のように流れる額の汗を袖で拭うと、怒鳴った彼はもう一発引き金を引いた。
  耳を劈く轟音に負けじと怒鳴り返す。

 「ない」

  乾いた喉がヒリヒリして少し痛い。

 「まだヘバんなよ、今回は――」
 「分かってる」

  何回も聞いたセリフを遮断し、撃ち尽くした愛銃に新たな弾倉をセットする。

 (ジャコッ) スライドを引き、準備は万端。

  またしても大きな音と共に、彼が弾丸を撃ち込んだ。

 「うっわ、外した! フィオ、頼む!」

  乗り出していた上体を引っ込ませた彼と、銃を構えた私が前後を入れ替わる。

  弾丸の飛んでくる中に意を決して、顔半分と聞き手を突き出し、敵を狙う。
  ボスが直々にくれたこの半自動式拳銃は最新型で、私専用の特注品。
  軽いし、コンパクトだし、グリップなんて手に吸い付くようにぴったりで、一体化してるんじゃないかってくらい扱い易い。 私の細かい注文にもしっかり答えてくれてる。

  とは言っても、一発撃つ度に二、三弾が返ってくるのは、人数の差でどうしようもない。

 「ちょっと、ジョルジオまだ!?」
 「ちょ、待って!」

  予想以上に難しい相手に、一人での応戦はキツい。
  それを分かっているのかいないのか、背後にいる彼は、焦りのせいか弾を装填するのがやたらと遅い。

 「てか、勝ちに行くとか言っときながら、なんでリボルバー?!! しかも型古いし!」

  彼の手に収まっているのは、1950年代に製造されたかなり古いものだ。

 「うるせー! オレのささやかなロマンなんだよ!」
 「なに、ル○ン三世? 次○でも目指してるわけ!?」

  装填を終えたジョルジオが撃鉄を起こし、立ち上がると私の頭上から腕を出す。

 「大体それ、挑発にしかならない!!」
 「うっせ! 集中しろ!」
 「その言葉、そっくりあんたに返すわ、バカ!」

 ――ズドドドッ…ドガガッ!!

  心なしか、破壊音が先程より酷くなっている。

 「なんでサブマシンガンとか持ってんの? ついでにあいつらゲリラ!?」
 「オレに聞くな!!」

  今回のミッションは、爆弾処理。

  敵が立て篭もったビルに素早く潜入し、設置された爆弾を見つけて解除するというもの。
  だがしかし、そのビルに潜入するのはおろか、近づけやしない。
  ……いや、近づいてはいるか。 入り口はすぐそこ、目測二十数メートル。
  そこに敵四人が陣取っているのが問題だ。

 「だから裏口に回ろうって言ったのに!」
 「もー、邪魔くせぇ! 突っ込むぞ!!」
 「はぁ!!?」

  言うが早いか、彼は雨のような(一方的な)銃撃戦の中に飛び出した。
  一呼吸遅れて私も後に続く。

 ――ガガッ…ッ…

  幸運にも、敵が持つマシンガンの弾が切れた。 装填するより早く、ジョルジオがそいつの額を撃ち抜く。

 「一人!」

 ――ズガンッズガンッ

 「二人目!」 私がジョルジオを狙った一人を片付け、「三人!」 接近したジョルジオが別の一人を倒す。

 「ラスト!!」

 ――パンッ

  双方が同時に撃った弾は、敵の腹とジョルジオの右肩を貫いた。
  倒れこむ敵には、遅れて撃った私の弾丸が止めを刺していた。

 「ジョルジオ!!」

  銃を取り落とし、撃たれた肩を押さえる彼に急いで駆け寄った。
  どくどくと流れる鮮血が、押さえる左手とスーツを汚していく。

 「早く止血しないと――」
 「わー、フィオがオレのために必死になってる」

  暢気に何を感動しているんだか。
  おどけた口調の割りに、呼吸は荒いし、苦笑するジョルジオの顔には冷や汗がどっと噴き出している。

 「爆弾処理はあんたの方が得意でしょ。いなきゃ困るの」
 「任務だから…?」
 「当たり前」
 「だよな……やっぱ…」

  茶化しに応えてやる暇はなくて、真剣に傷を調べる。 ハンドガンにしては大きめのマグナム弾と見た。
  肩というよりは、肩からカーブを描く腕の外側だ。
  この様子だと骨には当たらずに腕の表面を抉っている。 めり込んでるよりはマシか。

 「もういいぜ。先行けよ」

  ジョルジオがビルに向かって顎をしゃくったが、私はそれに従わずに自分のネクタイを外し、彼の肩口をきつめに縛る。

 「いっ、つ……」 ジョルジオがこれでもかってくらいに眉間に皺を寄せる。「もういいから、行けって――」
 「だから、どっちにしてもあんたが死ぬとダメなんだってば!!」
 「……」

  ジョルジオが黙ってこちらを見詰めた――かと思ったら、いきなり止血していた左手を離す。

 「わー!! わーー!!! 何してんの!!

  どっと溢れ出した血に、大慌てで両手を押し付ける。
  すでに顔が青を通り越して真っ白になっていたジョルジオは、限界だったのかばたりと横に倒れ込む。
  頭だけは打たないように、私が咄嗟に片手を伸ばしてなんとか支えた。
  血を触った手で触る彼の黒髪が気持ち悪い感触。

 「あーごめん。ちょっと……」
 「ちょっとって何!!」
 「…やばい、かも」

  何が、と言おうとしたら、ジョルジオの体が壊れたテレビ画面ようにブレて透け始めた。

 「ちょ、まっ、無理無理! あと一時間はあるのに!」

  与えられた時間は二時間だった。 まだ余裕がある。
  すでに彼のもう身体は半透明で、頭を支える私の手が向こうに見え始めている。
  一瞬、悪戯をするような顔になった相棒。

 「フィオが助かって良かった」
 「!?」

  次の一瞬には、辛そうに笑って掠れた声を出すジョルジオが、ふらふらと怪我をしていない左手を伸ばし、私の頬に触れてくる。
  は? ちょちょちょ、待って、意味がわかんない!

 「なに雰囲気出してんの!!? てか演技うまっ!」
 「愛してる、フィオーレ…(かく)」

  ぱたりと手を落とし、目を閉じて首を倒した彼が消えていく。
  計ったかのようにタイミングばっちし。 いやホント演技は上手いけど、何かムカつく。

 「ジョルジオ――ッ!!! 嘘ぉおお!!」

  私の叫びも虚しく、私も視界が暗転した。

 〈― 受験番号1683番、1684番ペア……失格 ―〉

  機械じみた女性の音声が会場に響く。
  円形になった会場には、列を成す巨大な装置がいくつもあった。
  その装置は、ぷっくりとした花の蕾のようだ。 厚い花びらは薄い青に色づいた透明なアクリルみたいな物質で、蕾の中には一機につき一人ずつ、ゆったりとしたシートに腰掛けて眠る人がいた。
  その頭部にはドーナツ型の機械を被っている。

 〈― ドリーム・ワールドより意識、浮上します ―〉

  プシュー…と空気が抜けるような音がして、ある並んだ二つの蕾が少し持ち上がり、ゆっくりと花開いた。
  頭部の機械が外れ、肘置きに固定されていた手が自由になると、眠っていた男女二人の瞼がゆっくりと開く。

 〈― プレイヤーの意識回復、確認。 視界が安定してからお降りください ―〉

  かっちりとしたスーツを着た男の方は、自らの手足の感覚を確認すると、開いた花びらの隙間から機械から降り立つ。
  そして隣で開いた装置でぼんやりとする女に声をかけた。

 「フィオ、大丈夫か?」
 「ん…、疲れた」

  気だるい感じが身体を支配している。 眠っていたも同然なのだから、仕方ないのだが。

  ヴァーチャルリアリティー最高峰の疑似体験装置――通称 ドリーム・ローズ。
  脳に信号化したデータを送ることでリアルな夢を見せる、と言うUSAが開発した最新マシンだ。
  プレイヤーは睡眠状態になり、ドリーム・ローズが生み出したヴァーチャル世界――ドリーム・ワールドで、さも現実のように、あり得ない架空世界を体験できるというもの。
  何十年も研究を重ね、四年前から本格的に使用を始めた現在、瞬く間に普及している。
  データしだいではプレイヤーの服装・髪型はもちろん、姿形までも変えることができるのだ。
  それこそ、学習を目的とした歴史館や科学博物館の体験&解説装置として、危険を伴う軍隊の訓練や、医療の手術などのシミュレーターとしてなど様々な方面で活躍している。
  とはいっても、やはり一番は遊園地などで子供が遊ぶRPGゲーム機として大人気。 RPGゲームの世界に入り込むのはいつの時代でも夢らしい。

 「いけるか?」

  差し出された手を素直に貸してもらい、私もドリーム・ローズから降りた。
  まだふらふらするが、大きく伸びをする。
  センター分けのショートヘアも、多少は乱れたが埃まみれではない。
  妙に足が涼しいと思ったら、同じスーツでも現実ではスカートだったのを思い出す。 息苦しいのはきっちりとネクタイを締めているからだ。

 〈― 左手、出口へお進み下さい ―〉

  アナウンスに従い、二人は奇妙な広い会場を出る。 直ぐに受付があり、コンピューターを前にした二人の若い女性が出迎えた。

 「お疲れさまでした。こちらが試験結果となります」
 「どうも」
 「次回の合格をお祈りしてます」

  彼女たちが提示した一枚の印刷紙を受け取り、二人は足早にその建物から出た。

 「どう?」

  私が受け取った紙をジョルジオが覗き込む。
  紙の一番上に書かれているのは 『特殊警察官技能検定試験』。 私たちは略して『SP試験』と呼ぶ。

  けれども私たちは警察ではなく、それから独立した別の組織。 政府下に属しない私たちは、法が許す限り自由に行動できるという利点があるため、国家が関与し難い内容の仕事を引き受ける。 裏社会をうまく調整するのも私たちの仕事だ。
  それだけでは仕事にならないので、普段は、要人の護衛から民間人の依頼、警察と連携での犯罪捜査やテロの鎮圧などなどを仕事にしている。 言ってしまえば、なんでも屋だ。

  この『SP試験』は年に数度ある国家主催の試験で、実力調査のために私たちも受けるようになっている。
  七級から一級まであり、今回受けたのは一級。
  どの級もドリーム・ローズを用い、実践形式で行われる。
  様々な状況を想定したステージのうち、ランダムに選ばれた5つのステージで、それぞれ与えられるミッションを決められた制限時間内にこなすというもの。 試験中の行動は全て結果に影響し、たとえ最後までクリアしても判定が悪ければ不合格となる。

  で、紙に書かれていた結果を要約すると、以下のとおり。

 ――――――――――――――――――――――――――――
  特殊警察官技能検定試験  第14回

   受験番号:1683番… フィオーレ・マルケイ/Fiore Marchei
          1684番… ジョルジオ・バルディーニ/Giorgio Baldini

   受験級:一級    試験結果:不合格

  試験成績 (各項目S、A〜E判定)
   ・計画性―――C  (もう少し綿密に)
   ・計画実行力――D  (てんでダメ)
   ・戦闘能力――A  (十分だが完璧ではない)
   ・行動力―――A  (とてもよい)
   ・状況把握――B  (それなりによい)
   ・判断力―――B  (的確だが遅い)
   ・パートナーシップ――D  (もっと連携を)
   ・基準装備―――判定外  (前例なし)
 ――――――――――――――――――――――――――――

 「て、ハァァアアア!!!?? 判定外とか、は!? あり得ない!」

  「前例なし」とは、つまり「今まで誰もいないくらい最悪」って意味じゃないか。

 「うわ……」 さすがのジョルジオも顔が青くなる。
 「やっぱりあんたのリボルバーよ!! ライフルとかだったらまだ良かったのに!」
 「わりぃ」
 「もう五回連続不合格! 今度こそ始末書書かされる――!!!」
 「いっ、」

  腹いせに彼の右腕にグーパンチをかますと、彼が過剰に反応した。
  そういえば、あ、たしか、銃弾が当たった場所だ。

 「うそ、ごめん! 感覚があるとは思わなくて」
 「ん……いや、一瞬だったし、たぶんまだ体が起ききってないだけ」

  気が付けば駐車場の自分たちの車まで来ていた。
  ジョルジオがスーツのポケットから車のキーを取り出し、ロックを外した。
  彼が運転席、私が助手席に乗り込む。

 「……あれってさ、マジで痛いの?」

  ジョルジオのあの様子を見る限り、演技などではないだろう。
  冷や汗が凄かったし、と付け加えながらシートベルトを付ける。
  ジョルジオはエンジンをかけると、助手席との間にある収納ボックスからサングラスを取り出した。

 「意外とリアルですっげー痛かった。 フィオに当たんなくてよかったよ」
 「庇った、とでも言いたいの?」
 「どうだろ」

  サングラスを掛けてしまったジョルジオは笑っているが、表情が読めない。

 「まあ、痛い目に合ったし、今回はチャラね」
 「そりゃどうも」

  日が暮れていく中で車を飛ばすと、すぐに会社に着いた。
  玄関前に横付けし、降りた後は待ち構えていた部下にキーを渡して車を預ける。
  ガラスドアを過ぎてエントランスに入ると、受付カウンターに座った女の子が笑顔で迎えてくれた。

 「あ、先輩方おかえりなさい!」
 「ただいま……」

  大理石の床に靴音を残しながらそちらへ向かう。
  社員のIDカードを提示して、会社への出入りを記録しないといけないのだ。

 「お疲れでしょうけど、」 受付嬢は慣れた手つきでそれを機械に通し、(ピッ)、カタカタとキーボードを打ち込む。 「ボスが帰ってきたら執務室に来るようにって言ってましたよ」

  私たちは絶望を含む嫌そうな顔を見合わせたが、(ピッ)、可愛い後輩はパソコンを見ていて気付かない。

 「はい、どうぞ。試験はどうでした?」
 「あはは…は」

  返ってきたカードをしまうものの、質問には乾いた笑いしか出てこない。
  それで結果を悟った彼女は、ぱっと片手で口元を覆い、うろたえる。

 「わっ、ご、ごめんなさい! 私、無神経に……」
 「良いのよ、ルチア。気遣われるほうが辛いから――」
 「うわぁ……、幸運をお祈りします」
 「あとでどっか飲みに行きましょうね」
 「はい、もちろんです」

  私はルチアに約束を取り付け、エレベーターへ向かう。

 「あ、ちょっとジョルジオさん!」

  ルチアの呼び声に、後ろに着いてきていた足音が止まって、遠ざかる。

 「どうした、ルチア?」

  ちょっと振り返ると、二人して顔を寄せて――と言うよりルチアがジョルジオのネクタイを引っ張って――ひそひそと何かを話している。
  3歳年下のルチアは私にもジョルジオにもよく懐いている。

 「ヒソヒソ (フィオーレさんと、どうでした?)」
 「ぼそぼそ (あー、言うには言ってみたけど……効果なし)」
 「ごにょごにょ (ファイトです、今日の飲み会もありますし!)」

  兄妹みたいだなと思いつつ、何を話してるか盗み聞きする趣味はないので足を進める。

 「先に行ってるから!」
 「――え? あ、おい!」
 「先輩頑張れー!」

  当たって砕けろ、六つのうちでアタリは一つ。
  いつになるかは分からない、恋のロシアンルーレット。

  仲良し兄妹の企みに、まんまと引っ掛かっるのはとても近い未来で、それに気付くのは予想もしないずっと先。

Cilindro di sogno infinito
  (無限のシリンダー)

 (部屋の前まで来たけど……)
 (入りたくねぇええー…)
 (逃げちゃって良いかな、良いよね、これ?)

 (―いつまでそこで話してるつもりだ。さっさと入れ―)

 ((はい))

end
******
以下 アトガキ (*反転)

最近、こういうコンビが好き。
そしてネタは突発的。
だから、内容が……。

題名はイタリア語です。
ばりばりの翻訳機能ですから、正しいとは言えません!

ここまで読んでくださってありがとうございました!

 2008. 9/9
◇Photo/ NOION
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