たくさんの笑い声が耳を支配する。

 夜の町の酒場では、仕事疲れのオヤジから夜遊びをする若者、情報収集にきた冒険者などが集っていた。
 熱気のこもる部屋には、グラスとグラス、氷同士の生む音が唯一涼しさを感じさせる。
 顔を赤らめて大声で笑い、語り合う人々。アルコールの匂い。軽快なジャズミュージック。それらが入り混じる中、私は忙しく動きまわる。

「ア〜ルマちゃあん! こっちにも一本、持ってきて!」
「はい、ただいま!」
「アルマちゃん、今日も来たよ〜」
「いらっしゃいませ!」

 聞いてのとおり、私はこの酒場でウェイトレスのアルバイトをしている。一人暮らしだから、他にも花屋などいくつか掛け持ちもしてたりする。
 この酒場では、お客さんともいろいろ話ができて、けっこう楽しくやっている。一番気に入っているバイトかもしれない。

「アルマちゃん。オーダー頼むよ!」
「はぁい!」

 店の端から飛んできた声に、運んでいたボトルを届けてそっちへ急ぐ。

「はい、お待たせしました」

おぼんを小脇に抱え、エプロンのポッケからメモとペンを出して、オーダーをとる準備をする。

「んと、じゃあ――」

 お客さんは皆、注文を一気に言うから、書き取ってるメモは書いた本人しか読めないくらいの走り書きだ。それこそミミズがのたくったようなものもしょっちゅうある。

 オーダーをマスターに伝えたところで、少し休んでも良いと言われた。
 そこで、邪魔にならないようにカウンターの一番端に座ると、目の前にグラス一杯の水が置かれる。
 「ありがとう」と一言、言うや否や、グラスを一気にあおる。熱気と酒気のこもる室内にいたせいで上がっていた体温を、ひんやりとした水が冷やしていった。

「そろそろ上がるかい?」

 息をついたところで、小さな丸眼鏡を鼻に乗せたマスターが尋ねてきた。

「いえ、まだ大丈夫です。シェリルちゃん一人も大変だろうし」

 同じように制服に身を包み、せかせかと動きまわるバイト仲間を見る。いつもなら、私はシェリルちゃんと入れ替わって、もう帰る時間なのだが……。

「今日は、やけにお客さんが多いですね」

 この時間なら数が減っていく頃なのに、むしろ増えている。このまま帰って、バイト仲間一人にホールを任せるのは、さすがに気が引けた。

「何かあるのかしら……」
「大会だよ」

 独り言のつもりで言った言葉に、思わぬ返事が返ってきた。

「三日後、南の離れ島にある闘技場で大会が開かれる。みんな、それ目当てに集まってきてるのさ」

 そう言って私の隣に座ってきたのは、18かそこらの青年。背に大きな剣をしょい、鎧を着ているのを見ると冒険者だ。

「かくいう私たちもそう」

 青年の隣に、彼と同じ年頃の少女が座る。身軽そうなローブに身を包んだ彼女は、ウィザードか。

「へえ…大会か」
「シングル戦とパーティ戦があって、どちらも優勝者には――」
「「なんと、賞金一千万ゴールド!!!」」

 息ピッタリに話す彼らの目は、高額の賞金を夢見てキラキラと輝いている。

「そんなに賞金がかかっているなら、随分と大きな大会なの?」
「そうだな……。各地から強い奴ばかりが集まってくるらしいぜ」
「国が主催するから危なくはないんだけどね」
「でも、なんせとびきりの化け物もでてくるっていうし」

 聞けば聞くほど、危なく聞こえるのは気のせいなのだろうか。私より幼いのに、よくそんな危ないものに参加しようと思うものだ。
 けれど、私の胸には違う期待が膨らみ始める。

 あのひとに、会えるかも。

 数年前、私がまだ酒場のバイトを始めたばかりの頃だ。いつもより遅くなった夜、近道にと普段は近寄らない、人気の無い裏通りを通ったことがあった。
 それが間違いで、どれだけ遅くなっても、いつもどおりに帰ってれば良かったのだ。

『姉ちゃん。危ないぜ』
『一人でこんなとこ、いたんじゃな』

 声を聞いた途端、走って逃げようとしたけれど、前にも後ろにもガラの悪そうな男。喋るだけで酒臭い匂いが漂ってきて、思わず顔をしかめた。
 そんなこっちの気持ちなんて気づくはずもなく、男たちはじりじりと近寄ってくる。

『(どうしよう)』

 慣れ親しんだ島で、こんな目に合うなんて思ってもなかった。首筋に嫌な汗が伝う。
 急所を蹴るなり、頭を殴るなり、できそうなことが一通り頭を巡ったけれど、やっぱりそれを実行する度胸なんてなく。殴り合いをしようが逃げようが、女一人に男二人だ。力も足も負けるだろう。

『だ、誰かーーー!!!!』
『無理無理』
『意味ねーよ』

 男は嘲笑う。こんなところに人は通らない、と。

 いや、でも分かんないじゃない。叫んで助けが来たなら意味があるでしょ?
 希望をもって何が悪いのよ。

『痛っ! やめ……! 誰か、助けてェ!!』
『ギャハハ――……』

 私の腕を掴んで下品に笑っていた男の顔が、ふいに固まる。
 何事かと眉根を寄せれば、そいつの左の髪がぱらぱらと地面に散っていた。続いて、頬に細く線が入り、そこから朱が滲む。

『放せ』

 目の前で引き攣った顔をする男の背後から、短く一言が発せられた。私の後ろにいる男も、地面に根が生えたように動かない。
 目の前の男は大人しく私から手を離し、頭の上まで両手を上げる。

『お前』

 誰のことを言ってるのかと思っていると、また声がする。

『女、お前だ』
『は、い』

 私は何もされないのだろうけど、無意識にピンと背筋を伸ばして立ち上がっていた。

『こっちに来い』

 その声音と口調が恐怖を煽ったが、助けてくれたことに違いはないはずで、私は声のする男の背後に回る。そして、なぜこうも男が大人しいのかを悟った。

 冒険者と思しき長身の青年が、男の首筋に短剣を突き立てていた。私を囲んだ男たちは、どうやら丸腰のようで、その青年に刃向かえないでいるのだ。
 一目で強いとわかる青年に、そんな気は起こらなかったのかもしれない。

『行け』
『ヒィ…ッ』

 青年が短剣を離すと、男たちは転びそうになりがら走り去った。

『あの、ありがとうございました』
『……』

 私が礼を述べると、青年もまた、背を向けて歩き出す。私はじっとその背を見ていた。

 路地を出たところで、青年は背後の私を振り返る。

『来ないのか。今なら送ってやるぞ』

 ぶっきらぼうな物言いに少し恐怖心があったが、また同じ目に合うのも嫌で、急いで青年の隣に並んだ。
 それから家に着くまで、二人とも無言だった。私の家に着くと、私が何か言う暇もなく、青年はすぐさま踵を返し、町中に消えた。

 家に入ってベッドに倒れこんだ後、お礼に何が送ろうかと考えたが、よくよく考えれば名前すらも聞かなかったことに気づく。

 助けてくれたのはいいが、あまりにも淡々として恐怖心しか煽らないような青年だった。それでも、私の心は見事に持ってかれたらしく、事あるごとに頭を占めるのは青年のことだけだ。

 あまりにベタなシチュエーションだと自分でも思う。思わず苦笑がでてくるくらいだ。
 しかしあれ以来、ずっと会いたいと願っていても、一度も叶ってはいない。

 大会があるならば、彼もまた参加するのだろうか。
 彼は随分強そうに感じたが……。

「二人とも強いの?」
「……」
「……」

 聞いてはいけないことだったのだろうか、ぺらぺらと喋っていたのが、ピタリと止まる。先に口を開いたのは少女の方だった。

「私は、Lv.30で普通だけど」 ちらりと、少女が隣の青年を見る。

「俺、は……5」

 はい?
 今何て言った、この子。

 ご? ゴ?

「ご? ファイブ? 5って言った!!?」

 信じられないと聞き返すと、青年は気まずそうに頷いた。

「あ、ありえない……」

 各地から猛者たちが集うくらいの大会に参加するんだから、もっと強いのかと思えば。拍子抜けにも程がある。話にならないし、これじゃ笑えもしない。

「ほんとに、それで参加するの?」

「どんな奴がいるのか知りたい気持ちもあるし。強い奴と戦えば、それだけレベルが上がるかと思って」

 めちゃくちゃ無謀だ。彼に何があったか知らないが、自ら危険に飛び込むなんてバカじゃないか。
 ついつい大丈夫か、と名前も知らない彼らの心配をしてしまう。

「まあ、俺にはナリジがついてるし?」
「女の子を頼るなんて、男としてどうなのよ」
「あなたナリジっていうの?」

 会話の中に聞こえた名前を持ち出して、言い合いになりそうなのを、さり気なく回避させる。

「ええ。このバカはオスカーです」
「二人とも、仲良いのね」

 思ったことを素直に言ってみれば、「どこが」と同時に彼らは返してくる。

「そこがよ。で、さっきから喋ってばかりだけど、注文はないの?」

 不服そうに互いを見合った後、二人は申し訳なさそうにこちらを見る。

「俺たち、そんなにお金持ってないんだ」

 やっぱり、と思わず笑ってしまった。

「マスター! この二人に何かジュースでも」

 手を上げてマスターを呼ぶ私に、ナリジちゃんが慌てる。

「いえ、ですからお金が……」
「気にしないで。私の奢り」

 大袈裟に遠慮する彼らの前に大き目のグラスが二つ置かれる。彼らが払うより先に、私がマスターにお金を支払った。

「ほんとに悪いですって!」
「なら、その大会の開催時間を教えてくれる?」
「え……午前10時から、ですよ」
「ありがとう。良い情報を教えてくれたんだもの、お代は十分よ」

 ずいぶんと長く休んでしまった。シェリルちゃんがへろへろになってきている。
 おぼんを持った私を、オスカーくんが引き止めた。

「奢ってくれた優しいおねーさん」
「名前くらい教えてくださいな」

「アルマよ。二人ともゆっくりしてってね」

 これだから酒場のバイトは楽しい。
 いろんな人と繋がりができて、いろんな情報が入ってくる。

 オーダー用のメモを出し、書き留めた一枚を引き千切る。
 私は丁寧にそれを半分に折りたたむと、制服の胸ポケットに収めた。

 3日後15日、10:00 a.m. 南の離れ島で

再会を、

(また会えたなら、)
(今度は、最初に)
(名前を聞こう。)

end
******
以下 アトガキ (*反転)

はい、RPG第二弾!
メインはアルマさんですから!
オスカーたちじゃありませんよ。

どうでもいい裏話をしますと…
ベッタベタのあの場面で、青年の名前が出てこないのは
良い名が思いつかなかったからです。←

ここまで読んでくださってありがとうございました!

 2008. 5/3
◇Photo/ clef
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