「ほんっとに、バカ!」

 誰かが聞いているわけでもないので、返ってくる言葉はない。私はキッチンでひとり、材料と向き合っている。
 イライラが発散されない腹いせに、洗って水滴のつくニンジンに包丁を振り下ろした。ざくっと小気味良い音がして、オレンジ色のそいつは半分になる。

「まったく、」
 ――ざくっ。
「どうしようも、」
 ――ざくっ。
「ないんだから!」
 ――ざくっ。

 切り終えたニンジンを脇に除け、今度はジャガイモが八つ当たりの犠牲となる。

「バカだわ。アイツ、本当のバカだわ!」

 ひたすらに悪態をついてジャガイモが小さくなると、鍋を火に掛けてバターを溶かし、切ってあったタマネギと肉を放りこんだ。

 ――ジュー……

「あ〜、この焼ける時の音って好き……」

 癒されつつ鍋を気にしながら1人分の米をとぎ、こちらも炊いておく。あいつは米がないとうるさい。
 タマネギが良い色になってきたらニンジンとジャガイモを投入、ついでにコンソメスープも投入。私の好きな音が聞こえなくなってしまった。

「さてと」

 少しは放っておいても大丈夫だろうと、私は棚から中ボウルを出し、別の部屋にあるビンや箱をいくつか取り出してきてテーブルに広げた。

「えーと。モロロ草が3枚とバラカタ草が1枚」

 箱から緑の細い草と赤い昆布のような草を取り出し、微塵切りにしてボウルに入れる。どちらも水分の多い草なのでほとんどペースト状だ。

「フロプー粉が1杯…2杯でしょ。こっちの……クー、クルッ…パ……クルッパス、スウイ……」

 ビンに詰まった白い粉をスプーン2杯分入れ、トロリとした液体の入った小瓶のラベルに目を凝らす。異国産だから見慣れないごにょごにょとした文字な上、ビンに合わせたラベルの字は小さい。

「あ〜、クルッパス・ウィラか。何杯だろ……読めない……」

 今私が作ろうとしているものには、これが一番大切なのだが、量を示すこの字は3なのか8なのか。ずいぶんな誤差が出る。

「……とりあえず、3杯入れよう」

 小さじで3杯、その液体をボウルに入れて掻き混ぜてみると、出来上がった物体は団子状態。どうも足りない気がする。

「でも、8杯入れると水っぽくなるよね、これじゃ」

 なら間を取って5杯半か。
 気持ち少なめに私は2杯半を足して混ぜた。記憶にあるのと同じ感じになったから大丈夫だろう、たぶん。

 鍋に出てきていた灰汁を取り、今作った薄緑色の物体を溶かし込む。少ない量なので鍋1杯のスープに溶け込めば色は残らない。
 仕上げに作っておいたホワイトソースを入れてまた煮込む。もうすぐ米も炊き上がるだろう。

「もうすぐ7時か」

 時計を確認して、溜め息をつく。久しぶりに家に帰ってきたから寛ごうと思っていたのに、もう一日は終わろうとしている。
 出来上がった料理を器に盛り、グラスに入った水と一緒にトレイに乗せて寝室まで運んだ。

「入るよ」

 返事がなかったが構わず入室し、ベッド横のサイドテーブルにトレイを置いた。

「ねえ、オスカー?」

 ベッドで寝ている男に声を掛ける。瞼の閉じた顔や投げ出された腕など、少し見える部分だけでも傷だらけで、包帯やガーゼで手当てが施されている。堪えきれず、本日最大級の溜め息が漏れた。

「――まったく、最高のバカだわ。こんなボロボロになって」

 近くにあった椅子を引き寄せて、私はベッドの横に腰掛ける。

「情けないの……」

 私たちは冒険者。
 目の前に眠る男、オスカーと知り合ったのは4年前。立ち寄った町のギルドでだ。
 ウィザードの私とソルジャーの彼は、互いにパートナーが必要だった。
 ウィザードは広範囲に攻撃できるが、詠唱に時間が掛かるし命中率も不確か。ソルジャーは攻撃に時間は掛からないが、己の身ひとつで突っ込んでいくためリスクは大きいし、大勢相手には不利だ。
 だから、互いに助け合える、と組んだのに。この男ときたら。

「嘘つき。弱いくせに、なにが『守ってやる』よ。ならさっさとLv.5から抜け出せっつの」

 出会ってから4年間ずっと組んできたが、一向にレベルが上がる気配がないとは、呆れを通り越してむしろ感心する。
 対して私は、彼が弱いばかりに嫌でもレベルが上がっていった。もうすぐまた上がってLv.30になる。
 男より女の私の方が強いってどうなの?
 あんた、それでいいの? 恥ずかしくないの?

「ばーか」
「バカバカうっせーな。バカって言う方がバカだ」

 寝てると思っていたオスカーがいきなり目を開けて、あっかんべーをしてきたのには不覚にも驚いた。おかげで怪我人相手に思わず手が出そうになった。
 むくりとオスカーが上半身を起こす。

「…起きてたなら言ってよ。ご飯冷めちゃうじゃない」
「いやぁ……寝たふりしてたらナリジが愛の告白でもしてくれんじゃないかなー。なーんて」
「バッカじゃないの!」

 身体を起こしたオスカーに私はトレイを突き出した。

「どうも」

 受け取ったオスカーはシチューを掬い、冷ましてから一口食べて、ちらりと私を見る。

「これ、シチューだよな。なんか変わった味……」

 ぎくり、と心臓が跳ねた。

「き、気のせいじゃないの?」

 やばい、気がついたか。
 私がシチューに混ぜ込んだあの薄緑色の物体は薬なのだ。呑めば早く傷が治るのだが、オスカーはあれが大嫌い。前に一度大怪我をして、薬をそのまま飲ませたときは、一日中その味の酷さに嘆いていた。だから今回は料理に混ぜてみたのだが、それほどまでにキツイ味なのだろうか。
 生憎、私はそいつのお世話になったことはない。

「アンタ、舌もバカなんでしょ」
「違います〜。俺は味にはうるさいの」
「う〜わ。絶対、レストランとかで客に来て欲しくない人種だ」

 そのまま食べているのを見ると上手く話は逸れたようだ。

「てか、なんでジャガイモとかの大きさ違うの?」
「うるさい。文句言わないの! シチューにご飯ぶち込むよ」
「いや、それはそれで旨いから良いよ」
「げ〜」

 ご飯入れるとかあり得ない。私はカレーも、ご飯とルゥが別々でないと嫌な人間だ。ドロッとしたものに混ぜたご飯が、水気を吸ってべちゃってなるのが許せないので、リゾットやお粥なんてのもダメだ。
 逆にオスカーはチャレンジャー。ご飯に味噌汁などをかけるのはざらで、それがトマトスープであろうと中華スープであろうと、何でも犬猫の餌のようなものにしてしまう。大抵の物を食べても腹を壊さないほど、胃腸は強くできているようだ。

「ごっそさん。旨かった」

 綺麗に平らげたオスカーは、グラスに残っていた水も飲み干した。

「早っ! てかあんた、変な味っつったじゃん」
「ナリジが作るものはみんな旨いの」

 そのままごろんと横になったオスカーに、私は器とグラスを下げつつ、よく言われることを思い出す。

「食べてすぐ寝たら牛になって、ステーキにされて食べられるよ。むしろ食われちまえ」
「え、ちょ、それ嫌だ!!」
「やーい、信じてやんの! ばーかぁ」

 慌てて飛び起きたオスカーの悔しそうな顔に、騙せた私の頬は自然と緩む。

「胃に悪いのはホントだよ。あとでお湯とタオル持って来るから」
「へいへい」

 拗ねたようなオスカーの声を背に受けながら、私はトレイを手に部屋を出た。空になった器を見て、こうも綺麗に食べてくれると作りがいがあると思う。

「あれ、なんか……今の」

 なんか、恋人っぽくなかった?!
 脳内にピンク色の思考がよぎると同時に、体温が1〜2℃上がった気がする。
 思わず手に力が入り、ガシャンッとシンクに入れた食器が騒ぐ。

「ナリジ?」
「ななななな何でもない!!」

 何を考えてるんだか。
 蛇口から出てくる水の冷たさが心地良いくらいに体が火照っている。また余計な考えが出てこないように食器洗いに集中し、それ以上洗いようがなくなると水気を拭き取って棚に直す。

「そうだ。お湯とタオル」

 風呂場の洗面器にお湯を溜めて、手頃な大きさのタオルを2枚持ってオスカーのいる寝室へ戻る。
 トレイと同じようにサイドテーブルに洗面器を置き、タオルの1枚を浸して絞る。

「ほら、服脱いで」
「えっ!?」
「ふざけないの! 体拭くのよ。包帯とかも変えないと」

 わざとらしく頬を染めたオスカーを一発引っ叩き、上の服を脱がせる。傷に触れないように気をつけながら一通り拭き、ガーゼや包帯を新しいものに換えて、パジャマを着せた。

「足の方は大した怪我じゃないから自分でしてね。私お風呂入ってくるから」
「はいよ」

 着替えを持って私は風呂場へ向かった。
 シャワーを浴び、湯船に浸かって今日の疲れを解す。オスカーに肩を貸して(というより彼を担いで)戻ってきたから肩が凝ってしまった。

「困ったパートナーだ」

 私、人選間違えたな、きっと。
 注文を言えば、守ってくれて頼りになる人とパートナーになりたかった。

「アイツも頼りにはなるか……」

 じゃあ、一緒にいて楽しい人。

「楽しいよね…十分」

 あれやこれ、と条件を挙げていくがどれも当てはまる。

「強い人。やっぱりこれね」

 Lv.5さえなければ理想として完璧なのに。
 そこで何かが頭に引っ掛かった。

「それじゃ、まるで……」

 理想の相手。人生のパートナー。

「だーー!!!!もう!!!」

 再び現れたピンク色に、私はバシャリとお湯を顔にかけ、それだけでは足らずに鼻まで湯船に沈みこんだ。

 どうしたの、私。何がパートナー!? なんでオスカー相手にそんなこと考えなくちゃ――

「――あれ……今日って……」

「どうしたんだろ、ナリジの奴」

 今日はなんだか様子が変だった。いつもはあんなに挙動不審ではないのに。

「なんか、したっけ?」

 ギルドで初めて会って声を掛けたのも、パートナーの誘いを出したのも俺からだ。
 大きな帽子を被ったそいつは、俺と同じくらいのレベルのウィザードだった。ひとりならと思えば案の定仲間はいなくて、寡黙そうなそいつは俺の誘いをすぐに承諾した。
 女と知ったのは、実は宿に入ってそいつが帽子を取ってから。帽子からこぼれ出た長い髪と現れた顔には、さすがに人選をミスったと思った。
 女となんてやってけない、と内心酷く焦ったが、冒険に出て一緒にいる内にその考えは変わった。見た目クールな奴かと思えばそうでもなく、からかえば律儀にも一々反応するし、始終明るくて楽しい奴だった。
 もう4年近くも組んでるなんて出会った当初は考えもしなかっただろう。

「迷惑かけてるよな〜」

 なぜか一向にレベルの上がらない俺に、ナリジはよく付き合ってくれてると思う。どんどん開いていく差に、いつパートナー解消を言い渡されるかと毎日冷や冷やしてる。

『この甲斐性なし!!』
『ちょ、待ってくれ!』
『アンタなんか知らない!』

 そんな場面がふとよぎる。

「今の、離婚する夫婦みたいだよな……」

 “この甲斐性なし!!” と “待ってくれ!”って辺りが、特に。ナリジなら言いそうだが。

「俺、捨てられた?!」

 自分の想像に「ひえ〜」と顔に手を当てて、ごろんと寝返りを打つと、目の前に濡れた髪を拭くナリジがいた。

「うぎゃっ!!」 
「(うぎゃ?)何やってんの?」
「ななな何も!」
「傷、痛むの?」
「へ?」
「顔青いよ」

 ナリジに言われるまで、自分が青ざめていることに気づかなかった。

「いやさ〜、俺がナリジに捨てられる想像してさ〜」

 なんて言えるわけもなく、黙る俺にナリジは首を傾げたものの、ベッドの横の椅子に座ってなぞなぞを出すように言ってきた。

「今日さ。何の日かわかる?」

 今日?何かあったっけ。
 二人とも誕生日ではないし、何かのイベントがあるわけでもない。
 眉を寄せた俺に、ナリジはその答えを教えてくれた。

「私たちが出会った日。つまりはパートナーとなって4年の月日がたちました」
「マジで?」
「何、忘れてたの?」

 はい、すっかり。

 信じられない、というような目で見下ろすナリジに、口が裂けてもそんなことは言えなかった。
 悲しいかな、基本的にレベルの高いナリジが主導権を握ってるのだ。何これ、かかあ天下? 俺って情けねー。
 咄嗟に焦った顔が見えないようにそっぽを向き、ナリジに向けて親指を立てる。

「そそそそんなっことないぜィ」
「焦ってるの、バレバレなんだけど。めちゃくちゃどもってるじゃない」
「仕方ねーだろ。そんな結婚記念日みたいな――」

 ばれたなら仕方ない、と向き直ってみると、ナリジの顔が真っ赤だった。
 変なこと言ったか、と今のセリフを反芻して、ナリジの様子を見て、自分の顔にも熱が上がるのを感じた。

「な、なな……」
「べ、別に意味とかは……!」
「わかってるわよ!」

 彼女のレベルはもうすぐ30。彼のレベルは未だに5。
 けれど、真っ赤になった二人の思考回路は同レベル。

無自覚レベルがダウンした!

 今まで気にならなかったことでも、一度気づくと意識してしまうもの。

(この、)
(空気、)
((どうしよう))

end
******
以下 アトガキ (*反転)

話はまとまってないものの……やっと短編らしい短編ですね。
いつも隙間だらけのショートショートですもんね。

RPG風は書いてて楽しかったです。
オスカーはナリジに気があります。あればいいと思います。
このコンビ、次の話も登場してもらいます。

ここまで読んでくださってありがとうございました!

 2008. 4/13
◇Photo/ clef
HOME > NOVEL